高知|若宮八幡宮

高知市長浜 長宗我部元親公が初陣戦勝を祈願した社

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秦神社御由緒

秦神社御由緒
長宗我部元親公を主祭神と仰ぐ
日本国内でただ一つの社。


長宗我部氏の菩提寺であった雪蹊寺が廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の嵐の中で明治3年廃寺となったため、元親の弟の親房の子孫と称する島弥九郎与助たちは土地の有志たちとともに再三高知藩庁に働きかけ秦神社の創建を請願し、同年12月許可が下りました。

そこで、雪蹊寺に安置されていた元親公木像(県指定文化財)、肖像画(国指定の重要文化財)、戸次川戦没者の霊板、山内忠義奉納の絵馬などを貰い受け、明治4年、因縁ある長浜城山麓の元の雪蹊寺跡に創建しました。
秦神社御由緒
主祭神である元親公は前の土佐の太守で慶長4年5月19日、山城の伏見館で薨去(こうきょ)され、遺言により遺灰を土佐長浜の天甫寺山に埋葬し、高福山慶雲寺即ち現在の雪蹊寺を菩提寺と定められました。
大坂夏の陣で長宗我部氏は滅亡し土佐は山内家の治めるところとなりましたが、山内家は雪蹊寺に寺領100石を下し香典とし、その後寛政9年5月には200年法要を、また嘉永元年5月には250年法要を行いました。

戸次川戦没者の霊板
明治の御代となり、秦神社創建後は明治32年5月に秦神社に於いて300年忌祭を行い、昭和3年11月10日、昭和天皇が御即位の大典をあげられた当日、元親公に対し正三位が追贈され、さらに昭和17年8月15日県社に昇格しました。戦後はこのような社格もなくなり、昭和28年、宗教法人秦神社となり今日に至ります。

平成11年5月23日、元親公没後400年の節目に、公が初陣に臨み戦勝を祈願した若宮八幡宮の境内地、鎮守の森公園に初陣銅像が建立され、更に同年12月4日、銅像前で神仏合同による400年遠忌法要が盛大に執り行われました。

平成19年4月14日、シート防水工法による拝幣殿の御屋根修復工事が完工。平成21年11月22日には神葬家の御霊を預かる若宮霊廟の秦分祠、並びに秦神社社務所が完成しました。

大坂城落城400年を迎えた平成27年には、長宗我部盛親公400年忌祭が秦神社で執り行われ、また境内には盛親公の御遺徳を偲び顕彰する有志達により、慰霊碑が建立されました。
長宗我部盛親公碑慰霊碑
若宮霊廟秦分祠
秦神社

〒781-0270 高知市長浜857-1
四国霊場33番札所 雪蹊寺 東隣
TEL (088)-841-2464 (若宮八幡宮)



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